過去のない手帳 人質カノン 宮部みゆき

読書

過去のない手帳 は短編集「人質カノン」に収録されています。

宮部みゆきと言えば、長編小説もそうですが、時代小説の印象が強くなっています。

そんな中でも、何度も読んでしまう1編を紹介したいと思います。

短編集 人質カノン

「人質カノン」には7編の短編が収められています。

  • 人質カノン
  • 十年計画
  • 過去のない手帳 ←今回紹介するのはコレ
  • 八月の雪
  • 過ぎたこと
  • 生者の特権
  • 漏れる心

過去のない手紙のストーリー

5月病

清掃業者でアルバイトする大学生、田中和也。

5月にはいると、大学に行けなくなってしまいました。5月病とは縁がないと思っていましたが、御茶ノ水の大学へ行けなくなってから、駅に降りることさえできなくなってしまいました。

そんな時、10日に1回支給されるバイトの給与を取りに中野に向かいます。その電車で、網棚に置かれた雑誌を見つけました。

取り上げると、女性誌でした。その雑誌の間に、まっさらな手帳が挟まっていました。

手帳には、本人の名前を書く欄ではなく、アドレス欄に「吉屋静子」という名前と住所が書いてあるだけでした。

ただ、手帳を返そうと思うのですが、誰のものかわかりません。そして、吉屋さんに連絡をとっても、イタズラと思われるだけです。仕方なく放っておくことにしました。

新聞に名前

家に帰り妹が言うには、女性は読み終わった雑誌を電車に置いていくことはしないと言うのです。

捨てることになったとしても、家には持ち帰るのが女性だと言います。男性は週刊誌や新聞は置いてきてしまうことがあります。

しかも、その雑誌は1000円もするもので、そんなものなら尚更置いていくはずがないと言います。

そして、手帳のことはすっかり忘れてしまっていました。1週間後に新聞で名前を見るまでは。

放火事件と行方不明

バイト先の清掃であるマンションに行った時、放火の張り紙がしてありました。

連続して近所で起きている放火事件のようです。そして、ついに最近の放火で、ケガ人が出たという噂を聞きます。

新聞にも載っていたという事件を置いてあった古新聞を見て確かめると、そこに吉屋静子という名前を発見したのでした。

それは、手帳に書いてあった住所のマンションが放火にあったという記事でした。そして、マンションの住民で吉屋静子が行方不明になっているということが、新聞に書いてありました。

しかし、吉屋静子は放火事件よりも前から姿を消しているようです。そして、本人の所在がわからず、失踪事件の可能性があると書かれていました。

部屋の中

和也はそのマンションに行ってみることにします。

マンションのエントランスに書いてあった管理会社に連絡し、知人を装って吉屋静子が戻ってきているか確かめました。しかし、戻ってきていませんでした。

ただ、わかったことは、吉屋静子は年齢30代前半ぐらいの女性だということです。そして、そのマンションは分譲マンションでした。

吉屋静子は、マンションの清掃員と、日中によく顔を合わせていることがわかりました。会社に行っている様子はなかったと言います。

そして、放火事件で連絡が取れなかった時、警察の立会いで部屋の中を確認してみたようです。室内は整えられたまま、ゴミもなく、冷蔵庫も綺麗だったということでした。

ただ、吉屋静子の部屋には固定電話があったのですが、留守番電話になっていなかったことが、気になっていたようです。

元の住所

マンションの清掃員と仲良くなります。

吉屋静子が、そのマンションに引っ越して来た時、使った引っ越し業者を聞き出すことができました。

引っ越し業者に電話をし、嘘をついて、荷物を運んできた元の住所を聞き出すことに成功します。

番号案内(104)に電話をして、住所から電話番号を聞き出すことができました。

聞いた番号に電話をしてみると、男が出ました。そして、ここにはいない、マンションにいるはずだと言われます。

事件の可能性

田中和也は、事件の可能性も考えました。

しかし、室内が荒らされていなかったこともあって、様子をみることにしました。

ただ、仲良くなった清掃員に帰ってきたら連絡をくれるように頼んでおきました。

3ヶ月経って帰ってこないようなら、警察に連絡をいれようと思っていました。

日々時間が経つにつれて、和也は吉屋静子が失踪したのは、自分の意思でなのか、消されたのかと思い巡らすようになります。

もしかすると、元の家の電話に出た男性が関係している可能性もあります。

そんな妄想をしていると、和也はどう考えても吉屋静子に明るい未来は見出せませんでした。

帰還

そんなとき、マンションの清掃員から電話がありました。

なんと、吉屋静子が帰ってきたというのです。

和也はバイト先の清掃会社の電話番号を連絡先として教えておきました。

その電話番号に吉屋静子から電話がかかってきました。

和也は正直に話し、手帳に興味を惹かれ、新聞で放火事件のニュースを読んだとき驚いたということを。

そうすると、吉屋静子から「会って話したい」と言われて、会うことになりました。

吉屋静子

想像していた吉屋静子とは違って、特別目を惹くほどの美人ではなく普通だという印象です。

そして、吉屋静子は聞いてもいないのに自身の身の上話をしだします。

1年ほど前に離婚して、マンションを買ってもらったこと。仕事はせず、生活費ももらって生活していたこと。「吉屋」は、結婚していた時の名前だということ。

そして、ブラブラしている生活が嫌になって、一からやり直せるかやってみたくなったというのです。

自分で勤め先も探して、アパートも借りて。でも、結局上手くはいかなかったといいます。

しばらく吉屋静子とは離れるため、部屋を整理し、留守番電話もセットしなかったようです。

そして、新しい手帳を買い、そこに名前を書いてみた。一人で生活ができるようになって、その元の名前を消すことができるかどうかを試したかったと言います。

しかし、そんな生活は半年も持ちませんでした。

試してみること

雑誌は結婚していた時の習慣で、新しい生活を始めた時に買ってしまったのでした。しかし、電車で詠んでいると嫌になってきて、思い切って捨てようと網棚に置いたというのです。その時に、手帳が雑誌に挟まっていて、一緒に置いてきてしまったのでした。

吉屋静子は、新しい生活に失敗してしまった。

しかし、本人は失敗を予想していた節がありました。そのマンションから消えたら、元の夫が心配してくれるんじゃないかという淡い期待があったのかも知れません。

でも、心配をされることもなく、結局は新しい生活を継続できずに戻ってきてしまいました。手帳は新しくできても、人生は新しくできないと言って。

そして、和也は考えてみました。自分はどうだろうか?かと。新しい自分になれるだろうか?

ただ、見習わなければいけないのは、試してみたことでした。少なくとも、吉屋静子は新しい自分になる為に試してみました。試して失敗しても、挑戦する前と同じ場所には戻らないんじゃないかと和也は思いました。

感想

事件の雰囲気を醸し出しながら、実は事件ではなかったという話し。

しかし、人の切なさや持った闇の一部を見せてくれる作品です。

村上春樹の描く不思議のようなものはありませんが、しっかりとしたストーリーで楽しんで読める作品です。こういう普通のことは、すごく共感しやすく、上手く描くことが難しいところでもあると思います。

それぞれの人が持つ不安や孤独が、この本以降に発表される「模倣犯」などに繋がっていくような気がします。

最後に

宮部みゆきの作品は、日常の延長のような物語が多いのが特徴的だと思います。

それでいて、チープな物語がなく、引き込まれてしまいます。

また紹介したいと思います。