ジョウロウホトトギス は第3週のサブタイトルです。
小学校に入学したものの、レベルの低さに自主退学してしまった万太郎。それから数年経ち、大きくなった万太郎が登場します。
博覧会へ峰屋の酒を出品するため、東京へ行くことになった万太郎。そこで運命の出会いがありました。
第2週「キンセイラン」のまとめ
主な登場人物
槙野万太郎 神木隆之介 病弱な酒造業を営む家の子供。植物が大好き
西村寿恵子 浜辺美波 白梅堂の娘。
槙野綾 佐久間由衣 万太郎の姉。家業に熱心なしっかり者
竹雄 志尊淳 番頭の息子。万太郎のお目付け役
槙野タキ 松坂慶子 万太郎の祖母。実質的に峰屋当主
幸吉 笠松将 峰屋で働く蔵人
堀田寛太 新名基浩 万太郎の幼馴染。医者の息子
広瀬佑一郎 中村蒼 名教館の同級生。武士の息子
里中芳生 いとうせいこう 万太郎の心の友。
野田基善 田辺誠一 万太郎の心の友。
第3週のストーリー
相変わらずの万太郎
明治13年(1880年)の秋。万太郎は18歳になっていました。
峰屋では、今年も酒造りが始まります。今日は蔵人たちを迎える日、総出で準備に取り掛かっています。
番頭の息子・竹雄は、立派な働き手として成長していました。そして、万太郎の姉・綾には縁談が次々と舞い込んでいました。
綾乃縁談のために着物を仕立てようとしていると、蔵人衆がやってきたと知らせが入ります。綾は、着物はそっちのけで、蔵人衆を出迎えに立ち上がりました。
「綾と万太郎、足して割りたいぐらいじゃ」
万太郎の祖母・タキは、そう愚痴ります。家業に熱心ながら女性の綾と、頭はいいものの草木にしか興味のない万太郎に頭を抱えているのでした。
そんな大事な日、万太郎は山へ登っていました。
「おまんは誰じゃ?触ってええか?おまん、わしを呼んでくれたのお」
幸吉との約束
今日が峰屋にとって大切な日だと思いだした万太郎は、人力車を使って急いで帰ります。峰屋では神主を呼び、峰屋の一族と蔵人たちでお祓いするところに、ギリギリ間に合いました。
しかし、綾は怒っています。お祓いが終わった後、万太郎に説教しました。
しかし、雨上がりの晴れた午後、万太郎は山へ行くことの方が大事だったのです。それを綾に伝えますが、受け入れられるはずはありません。
万太郎がいなくなると、綾は扉の開いた蔵の中を覗きます。綾は以前、子供の頃に一度入ったことがありました。しかし、その時はこっぴどく怒られたのです。流石に大人になった綾は、入りませんでした。その姿を見ていた人がいました。蔵人の幸吉です。
「綾様、わしは幸吉と申します。昔、見習いの時分、峰屋で修行させていただいたことがあります。今年から麹屋をさせていただくことになりました。峰の月は美味い酒です。味を守れるよう勤めますき」
そう挨拶されました。綾は麹屋だという幸吉に聞きたいことがありました。しかし、なかなか言い出せません。幸吉が促すと、綾は覚悟を決めて話します。
「麹とはどういうもんですろうか?蒸した米がどういて酒になるかが、書き物を読みよっても腑に落ちません。女が酒造りに立ち入ったらいかんがはわかっちょります。けんど・・・」
幸吉は、蔵に入らなくても酒のことを教えることができると、綾と約束しました。
心の友
幼馴染で医者の息子・寛太が遊びに来ていました。万太郎は山で見たジョウロウホトトギスを摘んできて調べますが、どの本にも載っていませんでした。
「こんな黄色い釣り鐘型の花、一遍見たら忘れられん。けど、どの本でも読んだことないき」
そして、寛太の父に頼んで「植学啓原」という本を探して欲しいと頼むのでした。
寛太は聞いてみることを請け負いました。そして、万太郎を心配します。
「友達おらんがか?わしじゃのうて、草花の友達」
万太郎は小学校の植物図を書いていた先生の名前を挙げます。「里中芳生」と「野田基善」を万太郎は心の友と呼ぶのでした。
「心の友ゆうがは、おらんと一緒じゃき」
寛太に手ひどく言い返されてしまいました。里中と野田は文部省植物局にいる先生です。二人に会うためには、東京へ行くしかありません。
内国勧業博覧会
そんな時、万太郎はおばあちゃんに呼ばれました。綾と竹雄も一緒です。
「さっき、お役人が訪ねてきての。来年の春、東京で内国勧業博覧会ちゅうもんが開かれるそうじゃ。その博覧会の清酒の部門に峰の月を出品せんかと」
そして、おばあちゃんは峰屋の酒は献上品で、品定めのために出品するのは下劣だと言って、断ろうとします。
「いいや、断ったらいかんき。おばあちゃん、パリやアメリカじゃ博覧会が盛んに行われゆう。徳川の昭武公も見に行かれちゅうがじゃ。これは見世物じゃない。順位を競うことで産業自体の切磋琢磨を図ろうとしゆうがじゃ。全然下劣じゃない」
万太郎は一生懸命説得します。
「これは、峰屋の酒が知られる機会でもある。御一新から13年、峰の月はいつまでも殿様の酒じゃおられんき。これからは、日本中に届けていかんと。ほんじゃきわしは、出すべきじゃと思う。博覧会に出したら、東京に出られた深尾の殿様もお喜びじゃろう」
おばあちゃんは、万太郎が言うことに納得し、出品することを決めました。そんな万太郎の姿を見て、綾は「初めて当主に見えた」と驚いています。
ただ、万太郎は峰屋のことを考えていた訳ではなく、ただ東京へ行って心の友だと勝手に思っている先生に会いたかったのです。部屋に戻ると、東京へ行けることを大喜びしていました。
小学校の教師にならんか?
峰屋に万太郎を訪ねてきた人物がいました。来ていたのは、小学校の校長先生です。
「折り入って相談があってね、君、小学校の教師にならんか?今は児童の数も増えてな、教師の育成も間に合わんで、地元で教師になってくれる人にあたるよう通達があってな」
ただ、万太郎は小学校を自主退学していて、卒業していません。それでも、村の人達は万太郎のことを「佐川一の秀才」と言っていてやってきたのです。それも、毎日「仕事もしないでフラフラしている」と言われていて、まさにうってつけだと言うのです。
「さすが校長先生、お目が高い。手前どもの主人は秀才じゃき。書店に毎月えらい高い金を払いゆうわしがいうがですき、間違いありません」
「これでもう昼行燈とは言わせません。お客様にも恰好がつきます」
峰屋の奉公人はそう言って、万太郎を働かせようと一生懸命売り込みます。しかし、万太郎には全く興味がありません。
「そんなことしゆう暇はない。忙しいき、これから心の友に会いにいくがじゃ。そのためには、わしも頑張ちょったゆう証を用意せんと」
そう言うと、竹雄を連れて奥へ引っ込んでしまいました。
そんな万太郎を見て、校長先生は「あほうだな」と呆れるのでした。そして、峰屋の奉公人たちも、ガッカリするのでした。
縁談
綾とおばあちゃんは、お見合い先から人力車に乗って帰ってきました。綾が通ると、村の人はみんな注目していました。
「縁談は先様も仲人もおることじゃ。家と家の話しじゃ。おまんには恥をかかされた」
綾は断ってしまったようです。反論もせず、ただ「申し訳ありません」と頭を下げるだけです。
そんな綾は、一人になりたくて裏山で万太郎のように寝転びました。そこに竹雄が探しにやってきます。綾は、聞かれもしていないのに竹雄に縁談の話しをしました。
「ええ方やったよ、立派なお店でのう。あちらさんは四十を越えたところやろうか。前の奥さんを病で亡くしちゅうき、私にはなんもせんでええ、のんびり過ごして欲しいと。けんど、御前の酒、飲んでしもうて」
竹雄が美味しかったと、酒の味を聞きます。
「うん、ほんでもうちの酒の方が美味かった。博覧会にはあちこちの蔵元が酒を出して競うがじゃろ。考えただけでかーっとしてくるがじゃ。うちの峰の月は一等取れるかじゃろうか思って。見合いどころじゃない、ついゆうてしもうた。悲しそうな顔されちょった。もうね、私やち綺麗な着物着て、機嫌よう片付くが方がええっちわかっちゅうがじゃ。それでみんなが幸せになるじゃき。なのに自分のことばっかり。醜いよ」
綾が心の内を全て打ち明けられるのは竹雄だけです。言うだけ言うと、スッキリした綾は、竹雄と一緒に家に帰りました。
綾と幸吉と竹雄
冬になると酒造りは佳境を迎えます。約束通り、幸吉は綾に酒造りを教えてくれています。
幸吉は、米が発酵した麹を見せてくれました。麹は、原料となる穀物(米)を蒸したものに麹菌を付着させて、発酵させたものです。綾が口に入れてみると、甘い味がしました。
「できたての麹の味です。麹の作り方ひとつで酒の味も変わります。味の濃い麹を作って醸したら、もっと濃い辛口になりますき」
それを聞いて、綾は目を輝かせます。そして、濃い口の麹を作って、峰の月とは違った酒を造りたいと幸吉に頼みました。
びっくりした幸吉ですが、杜氏の親方に頼んでみると請け負ってくれます。
二人が話していた姿を見ていた竹雄。気にしないふりをして、万太郎の部屋に行きます。万太郎は部屋で書物を広げていました。万太郎はジョウロウホトトギスを調べていたのですが、どの本にも載っていなかったのです。
「若は幸せですね。若は人に関心を持つことはあるがですか?例えばおなごとか」
竹雄がそう聞くと、万太郎は真面目な顔で答えます。
「おなご?ようできちゅうとは思うけんど。花を見よったら綺麗な色や変わった形で、虫を呼びゆがじゃ。つまり、おなごが着飾るっちゅうがも、あれと同じ理屈やろ」
竹雄は万太郎に聞いたことを後悔するのでした。
嫉妬
そして春が来て、峰の月を東京の博覧会に出品する日がきました。今日は峰の月の試飲をします。
おばあちゃんは出来栄えに満足しています。そして万太郎は、「酒のことは親方に任せますき」と言いました。そして終わろうとした時、綾が声を上げました。綾は幸吉に頼んで作ってもらった酒を試飲して欲しいと言うのです。
しかし、おばあちゃんは受け付けません。
「おまんは、峰の月が不味いということか。そんなさもしい酒、下げなさい」
おばあちゃんに一喝され、綾は黙るしかありませんでした。
その後、綾は幸吉を呼び出して謝ります。しかし、幸吉は気にしていませんでした。
「おもしろかったですね。試して試して、美味い酒ができたらおもしろいですき。またいつかやりましょう。綾様の気持ち、ようわかってますき」
綾は女に生まれたために酒造りはさせてもらえません。その無念さを幸吉はよくわかっていました。そして、懐からかんざしを出して綾に見せます。
「ずっとお返しすることができませんでした。綾様が今も酒造りお好きでよかった」
そんな二人の仲が深まっていくと、竹雄は嫉妬します。しかし、竹雄は使用人で、どうすることもできません。やり場のない思いを振り切るために、竹雄は水浴びします。それを見た万太郎が止めに入りますが、組み合ううちに水をかけられてしまうのでした。
東京へ
そして、いよいよ出発の日がやってきました。
「万太郎、峰屋の酒、きばって広めてきいや」
綾からそう声をかけられ、みんなに見送られて万太郎と竹雄は出発しました。
万太郎たちは、佐川から高知まで歩き、浦戸の港から蒸気船で神戸に渡りました。
神戸からは汽車に乗って京都へ。京都からは琵琶湖、鈴鹿峠を越えて四日市へ。そこから再び蒸気船に乗り横浜へ。
横浜からは汽車に乗って、ついに東京へやってきました。到着したのは新橋です。
明治14年、上野公園で開かれた第二回内国勧業博覧会は、出品数33万点、4カ月の会期中に82万人以上が来場し、大盛況となっていました。
展示されているものは多岐に渡り、ドレスやツボ、刺繍などを見て回ります。
そして、出店もあり、飴細工や団子、肉まんも売っていました。
そこで万太郎の目に留まったのは、カルメラ焼きの「かるやき」です。売っていたのは白梅堂というお店です。そこで働いていたのが、白梅堂の娘で後の万太郎の妻・西村寿恵子でした。
下戸の万太郎
草木を見ていた万太郎ですが、竹雄は時間を気にしていました。本来の目的の峰の月が出品される時間が迫っていたのです。まだ見て回りたい万太郎を引っ張り、会場へ向かいます。
「諸君、この度の博覧会への出品、誠にありがたく存ずる。本日は大いに親睦を深めてもらいたい」
そう挨拶が終わると、峰屋のブースにも他の酒蔵から人がやってきます。
灘の松屋、伊丹の丸川屋、山形の池田屋。
飲み比べしようと酒を持ち寄られますが、万太郎は飲みません。万太郎は下戸なのです。竹雄が代わりに飲むと言いますが、他の酒蔵の圧もあり、万太郎は意を決して飲みます。
勢いよく飲んだものの、万太郎の目はぐるぐると回ってしまいます。
「不思議じゃろう。家のもんも、分家のみんなもみな強い。わしだけ下戸じゃき。なんでじゃろうのう。わしだけ一滴も飲めんじゃき」
そう言うと、フラフラと会場から出て行ってしまいます。竹雄は追いかけます。
「なんでかのう。生まれつきならしょうがない、体も弱いし下戸じゃし。なんで酒屋の当主に生まれたがろうの。下戸、ゲコ・・・わし、本当はただのカエルだが」
大きな樫の木の元にある気ながら、万太郎は一人呟くのでした。竹雄は、人知れず万太郎が悩んでいたことを知ります。
寿恵子との出会い
竹雄は、水を持ってくると万太郎のそばを離れました。
酔った万太郎は、樫の木に登ってしまいます。それを見た来場者で、人だかりができてしまいました。白梅堂からも人だかりができているのがわかり、寿恵子が見に行きます。
「人が作り出したもんも凄いけんど、わしはおまんら草木の方がずっと凄いと思う。この世にひとつとして同じものがない。何か理由があって、こうして生まれてきたがじゃろう。ならわしも、わしでええかのう」
樫の木と話す万太郎を見つけた寿恵子は、万太郎に声を書けます。
「危ないです。聞いてますか、降りて下さい。枝が折れます」
声をかけられ、寿恵子を見ると、万太郎には輝いて見えました。寿恵子の言うことを聞き、降りようとしますが、酔っていて木から落ちてしまいます。
そこに竹雄が帰ってきました。竹雄は寿恵子から事情を聞くと、お礼を言いました。
「お大事になさいましね、カエル様」
下戸でゲコゲコ言っていた万太郎をカエル様と呼び、寿恵子は帰って行きました。
「おまんの言う通りじゃった。理屈じゃないき、一目見ただけで、うわっとしたが。心が震えた。あんなに可愛い人がこの世におるがじゃのう」
しかし、内務卿が視察にくるということで、万太郎は会場へ連れていかれてしまいます。
寿恵子は、店に戻ると母に万太郎のことを伝えました。
「カエルがいたよ。でも、若様って呼ばれてた」
博物館
東京滞在中のこの日、この旅最大の目的である博物館にやってきました。しかし、万太郎は緊張のあまり、全く眠れずにこの日を迎えたのです。
そして、研究室に通されると、中では植物の標本を作っていました。
「眠い、誰か面白い話をしてくれ。トキメキでもいい」
突然声を上げた男がいました。万太郎は標本を持って、このギンバイソウを見つけると、いつもトキメクと万太郎は言いました。万太郎は、土佐から来たと自己紹介します。
「草木図説と照らし合わせるのに何度も登りに行ったのに、ここではいつでも手に取ってみられるがですね」
男はそれが標本のいいところだと言います。
そして、万太郎と男はタマアジサイの話で盛り上がります。初めて見る顕微鏡で、ギンバイソウとタマアジサイの花弁の違いを見せてもらいました。
そして、タマアジサイの名前は和名で、学名があることを教えてもらいます。その学名には、発見者の名前が書いてあり、それが「シーボルト」でした。
「日本の植物はな、まだ鎖国中にシーボルトが来て調査して回ったからね。攘夷だなんだと騒いでいる時に、誰が植物に目を向ける?最近の最近、この国では今始まったばかりなんだ。日本は島国で自然が豊かだ。シーボルトが調査できたのは、ごく一部。世界から見れば、この国の植物はまだ学名もつけられていなければ、発見されてもいないものがたくさんあるんだよ」
野田基善
「先生はそりゃたくさんの植物を見られてますき、これをお教えいただけませんでしょうか?」
万太郎は、自分が見つけた花を絵に描き、持ってきていたのです。
「おぉ、上手いな。君が書いたのか。見たことないな。新種かもしれん」
新種の場合、誰かが名付け親になり、世界に発表する必要があります。その発表は、英語で論文を書く必要があります。語学は、万太郎の得意分野です。ただ、論文を書けばいい訳ではりませんでした。
「日本では、植物を検定しようにも、標本の数が圧倒的に足らない。今、東京大学の植物学教室に3,000ぐらいあるが、まあまるで足らんよ。つまり、今の所、日本人研究者で植物の名づけ親になった人間は一人もいない」
そして、そういう学問を「植物分類学」と言うことを教えてもらいました。それは、万太郎がやってきたことで、やりたかったことです。
ここで、やっと万太郎が訪ねてきた理由を聞かれました。
「わし、ここでお勤めしてる先生に会いとうて。里中芳生先生と野田基善先生に」
そして、話していた男が、野田基善でした。
万太郎は、小学校に入学して書き写した植物図のノートを見せました。
「この博物図は、私が博物局にきて、最初に手掛けた仕事だ。君、小学生の時これを写したのか?」
驚く野田。そして、その野田に会いに来たという万太郎に感激します。
「こんなに、こんなに嬉しいことはない。ありがとう。友よ」
里中芳生
そこにドアを開けて入ってきた男がいました。男はサボテンの鉢を持っています。
「里中先生」
そう呼ばれた男は、里中芳生でした。
「これはサボテンという植物だ。サボテンはね、世界に何十、何百と種類があるんだよ。さあてこのかわいこちゃんの和名をどうするかね」
万太郎は、野田に何がいいと聞かれますが、突然すぎて答えられません。
「ひょろっとしていて、紐みたいだから、ヒモサボテンで」
里中は、簡単に決めてしまいました。
「異国にはこんな珍しい植物があるがですね。東京にくるがも、まるで異国にきたようじゃと思ってましたけんど、植物を通したらわしと異国も繋がっちゅう」
万太郎は、感動することばかりです。
そんな博物館からの帰り道、万太郎の興奮は収まりませんでした。
「いやー、東京にはあんな大人らがおるんじゃのう。今初めて、生まれたような気分じゃ」
竹雄は黙っています。万太郎は待たせたので、竹雄が怒っていると思いました。しかし、竹雄が怒っている理由は、違うところにありました。
「若、いかんですき。こんなのは遊びですき。草のことは遊びです。ゆうて下さい。酒造り以外遊びやと」
竹雄は万太郎がどんどんのめり込んで行くことに危機感を感じていたのでした。
白梅堂はなかった
万太郎と竹雄の東京滞在は、最終日になりました。
「最後にかるやき食うか。最初来た時、美味かった」
そう言うと、万太郎と竹雄は白梅堂を探します。しかし、お店はありません。通りかかった警官に聞くと、東京中の菓子屋が入れ替わって出店を出しているというのです。
万太郎はかるやきを口実に、寿恵子に会いたかったのです。
「こういうのは縁ですき。ご縁があったらまたどこかで」
そう竹雄は言って、万太郎を慰めます。しかし、万太郎はあの時、竹雄に「後生じゃ」と頼んでいました。しかし、竹雄はその願いを叶えませんでした。
「あの時、内務卿が御視察にいらっしゃると。それを置いて、おなごの方を追うら、ありえません。お奥様に何と言われるか。峰屋の若が内務卿と話される。そんな晴れ姿見たいと思って、何がいかんがですか。ええですか、わしは若にお仕えしゆう訳ではありません。峰屋にご当主にお仕えしゆうがじゃき」
竹雄の言うことはもっともでした。
わしらを捨てるがですか
それから万太郎と竹雄は、お土産を買いました。万太郎に好きな物買っていいと言われた竹雄は、美しい櫛を見つけました。
「それ、姉ちゃんに似合いそうやぞ」
気づいていないはずの万太郎にそう言われ、ドキっとする竹雄。そして、万太郎の本や顕微鏡を買いました。
帰り際、「またくればええか」と簡単に言う万太郎に、竹雄は頻繁に来れないだろうと言うのです。
「先生もいっちょったけんど、この学問には標本がいる。わしが集めるがは当然やけんど、他の人が集めたものも見せてもらわんと」
しかし、それが竹雄の怒りに触れてしまいました。
「無理ですよ。高い本も、高い顕微鏡買うがもええです。昔っから大店の旦那衆は、そりゃ羽振りよう遊んだもんだと、お奥様からも父ちゃんからも聞いてます。けど、それは若が峰屋の当主を務めるからこそ。草のことは土台無理ながです」
万太郎は言い返しますが、竹雄の怒りは収まりません。
「若が峰屋を放りだしたら、わしらはどうしたらええがですか?若はわしらを捨てるがですか?」
悪ふざけ
ケンカした二人ですが、離れる訳にもいかず、一緒に食事することにします。
万太郎と竹雄は、近くあった牛鍋の店に入りました。そして、出てきた牛鍋に驚き、初めて食べる牛鍋の美味さに二人で感動するのでした。
そんな時、隣に座った団体客が博覧会に出品されている酒の話をしています。そこで峰の月の話が出ると、万太郎は黙っていられません。気分の良くなった万太郎は、その客たちに酒をおごるのでした。
食事が終わり、支払を済ませた竹雄が店の外に出てくると、万太郎はいません。
はぐれたと思った竹雄は、子供の頃に万太郎が一人で山に行った時のことを思い出します。万太郎に何かあったらと思うと、竹雄は生きた心地がしませんでした。
その時、竹雄の後ろから万太郎が声をかけ驚かせます。
「ふざけんといて下さい。知らん場所で、やってええことと悪いことの区別もつかんがですか。人を心配させてそんなに楽しいがか」
本気で怒る竹雄。しょんぼりする万太郎に竹雄は、自分の気持ちを話しました。
「困っちゅうがですき、わしだって。わしは峰屋の番頭の息子。わしがお仕えしゆうがは峰屋のご当主じゃき。けんど、こんなに腹がたって、ぐちゃぐちゃになるのはあんたやき。子供の頃わしが、二度と傍を離れんと誓こうたがは、あんただからやき」
その言葉に万太郎も思う所がありました。
「ごめんちゃあ、ちゃんとした当主になれんで。わしやち、わかっちゅうがじゃ。わかっちゅうがじゃ」
再会
万太郎は、最後に博覧会会場の樫の木を見に来ました。
「ありがとうございました。東京はすごい町でした」
そう声をかける万太郎。竹雄が帰って土産話しをしても、上手く伝えられる自信がないほど、地元・佐川とは全く違う町でした。
そして、帰る前、万太郎は最後に白梅堂を探します。
そうすると、今日は白梅堂の屋台が出ていたのです。
「若、行ってきてください。ご縁があったゆうことですき」
竹雄に背中を押され、白梅堂に入ってかるやきを買います。
「こないだ美味もうて忘れられんかったき、買えてよかった」
そう言った万太郎のことを寿恵子は覚えていました。
「カエル様?あの時のカエル様でしょ。今日は木に登らないんですね」
そう言われ、明日東京を離れると言って、店を後にしまいた。
離れて見ていた竹雄ですが、ただかるやきを買って戻ってきた万太郎に「いいのか?」と聞きます。
「東京は遠すぎる、もう来ることもないき」
竹雄の気持ちを聞いて、万太郎も思う所があったようです。
その時、遠くから万太郎を呼ぶ声がしました。寿恵子でした。
「カエル様、待って。これ、お土産です」
お土産を渡すと、寿恵子は帰っていきました。
最後に
万太郎がやりたかった「植物分類学」を知り、心が躍る万太郎。
しかし、竹雄はそんな万太郎を本気で叱ります。その本気さは、万太郎にも深く突き刺さったようです。
来週は、土佐に帰った万太郎に大きな事件が起こるようです。そして、新たな出会いもあり、物語は進んでいきます。
来週も楽しみです。